2015年6月17日水曜日

運要素に性的に興奮する話

書くことがなくなったらこの話をしようと思っていたのだが、まぁなんとなく書こうという気になったので書こう。


私は、なぜか運に身をゆだねる、あるいはそれに準ずる行為に性的に興奮する。


これを読んで訳が分からない、と考え方が大半だろう。まぁ、私もよくわからない。
これを読んで「野球拳」を想像した方、近いがそんなものではない。
もちろん野球拳のような直接的に性に関する行為に運が絡むのも興奮する。何らかの対戦に負けたら罰ゲーム、といった企画ものとか最高だとさえ思う。しかし、そうではないのだ。
たとえば、サイコロを振って奇数が出たらいまある宿題をすべて終わらせて、偶数なら最低限やって他は放置、などといった行為を指すのだ。
よくわからないとは思うが、大体こういうことが当てはまるといえるのだ。
ほかにも、時計を見て分の部分が奇数だったら寄り道する、等、例を挙げたらきりがない。なんでもよいのだ。

一応自己分析をすると、運に身をゆだねる、すなわち自分の力ではどうしようもないことに賭けるというに興奮するのだ。私はほしいものは努力をしてでも手に入れる。必要な努力を惜しまないタイプだ。しかし、運だけは努力ではどうにもならない。そこに身をゆだねることに興奮を覚えるのだ。
快感を覚えるのではなく、興奮するのだ。もしかしたら破滅願望に近いのかもしれないし、結局のところ私がただただMなのかもしれない。


・・・思ったより書くことがない。質問等があれば追記するかも。

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